「政府には国民皆保険制度を維持するつもりがあるのかどうか。制度の根本をなすのが健康保険証なんです。それを無くそうとしている。代わりに作ると言っている資格確認書については、まだ何も詳しいことは正式に決まっていない。これ、あまりに無責任じゃないですか」
岸田文雄首相が4日会見し、来年秋の保険証廃止延期は「点検結果次第」とする一方、マイナンバーカードを持っていない人全員に発行する「資格確認書」の有効期限を最長5年とする方針を示したことについて、さいたま市で診療所を運営する山崎利彦医師(58)は、政府の姿勢を批判した。
記者は、マイナ保険証による医療機関でのオンライン資格確認が原則義務化された今年4月から、健康保険証を廃止しマイナンバーカードに一体化する「マイナンバー法」の国会審議や法案に反対する全国保険医団体連合会(保団連)、地方自治体職員、医療関係者、高齢者施設などの取材をしてきた。
そこで気が付いたことがある。健康保険証の登録情報の管理・更新がすべて自動化されている訳ではないということだ。特に70歳以上の窓口負担割合は、所得により、細かく分類されており、自治体職員により、所得の確認と負担割合の変更が頻繁に行われている。転職、結婚などのタイミングで加入する健康保険組合も変わる。そして、原則として保険証は所属する保険組合側から被保険者に自動的に送られてきた。
その保険証を一斉に廃止し、申請に基づき交付されるマイナンバーカードに保険証情報をひも付けて使うという発想は、一見、合理的に見える。しかし、被保険者情報に変化が生じた場合、保険者が所定のマニュアル通りにデータ入力しないとマイナ保険証のデータは誤ることになる。カードの券面だけ見ても誤りは分からない。
現実に起こったことは、転職後、すぐにマイナ保険証を提示したら「資格なし」と表示され、使えなかった(保険組合変更後、登録情報更新の遅れ)、マイナ保険証で受診したら、誤った窓口負担割合で後に差額を支払うことなった(保険者側の登録手順ミス)、そして、医療機関窓口での顔認証エラー、暗証番号忘れで、保険資格は有効なのに「いったん10割負担請求」など、トラブルが続発している。
7月26日、国会内で開かれた保険証廃止反対の緊急集会。岐阜市の竹田クリニックの竹田智雄院長(岐阜県保険医協会会長)は、マイナ保険証によるトラブル事例について「受付でマイナ保険証による資格確認ができず、いったん10割負担になりますと告げると、『手持ちのお金が少ないので、最小限の治療だけにしてください、いや、お薬だけお願いします』という患者さんがいる。こういう話を聞くと医者として本当に切ない気持ちです」と話した。
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「認知症などの人向けに暗証番号設定がいらないマイナンバーカード」(総務省)、「念のため保険証も持参して」(厚生労働省)、そして、マイナ保険証が窓口でエラーなどで読み取れない場合、1~3割負担で受診できるようにするため、患者の記憶をもとに手書きで記入し提出する「被保険者資格申立書の導入」(同)…
マイナ保険証のトラブルが収束しない状況に、政府は6月の法案成立後、弥縫(びほう)策を出し続けた。全国の自治体や保険組合ではマイナンバーカードの登録情報の正確性の点検作業が行われているが、「マイナ保険証を使ったオンライン資格確認システムの運用が続く限り、窓口トラブルや負担割合の誤表示などミスが発生する」(住江憲勇保団連会長)のが実態だ。
加えて、マイナ保険証は認知症のお年寄りが生活する施設の管理者、病院職員、難病患者、障害者にとって、決して使い勝手がよいツールとは言えない。
「カードの管理・利用が難しいという人は資格確認書を使え」と言うことなのだろうが、大手企業の健康保険組合関係者によると「マイナンバーは分かっても、社員のうち誰がマイナ保険証を持っているかどうかは調べないと分からない。新規にカードを作る経費も必要で、職権で出せというが資格確認書の交付には課題があると思う」と話す。
そもそも、各保険者(保険組合)の手間と新たな経費をかけずに、当面、今の保険証を残せば良いのではないか。マイナ保険証を使いたいと言う人はマイナ保険証を、今はそうではないという人は現行の健康保険証を使えるという選択権がどうして国民にないのか。(編集委員 長久保宏美)