NHKの受信料が10月から1割引き下げられる。神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「世論調査によると、NHKの視聴者は年々減っている。動画配信サービスの充実などで受信料への割高感は以前よりも強くなっており、この程度の値下げでは意味がない。チャンネル編成そのものを見直すべきではないか」という――。
じわじわと低下しているNHKの信頼度
「みなさまに支えられて」
NHKのウェブサイトに掲げられているのは、「NHKの概要・沿革など」という項目である。
このスローガンに説明はなく、すぐに「NHKの収入のほとんどは受信料です」と続く。
NHK風に言えば「金を取り立てるためのお題目かと指摘する声もあがりそう」な表現であり、受信料集めへの必死さが滲み出る。
近年のNHKは、「みなさま」どころか、どの世代からも相手にされなくなっているのではないか。
NHKといえば、テレビのなかではもちろん、新聞と比べても絶大なる信頼度を誇る。
公益財団法人新聞通信調査会が毎年実施している世論調査によれば、たしかにNHKは、民放テレビはもちろん新聞も上回る(*1)。
2022年秋時点の調査で、全面的に信頼している場合を100点とした点数化では、NHKテレビが67.4点、新聞が67.1点、民放テレビが62.1点となっている。
この調査が始まった2008年度から2018年度まで11回続けてNHKテレビが第1位だったものの、2019年度と2020年度は新聞に次ぐ2位に甘んじている。
2021年度から1位を奪還したものの、その差は、以前に比べて僅差となっているばかりか、最高の74.3点(2011年度)に比べると、7点近く下落している。
新聞も民放テレビも点数を下げているとはいえ、それぞれ下げ幅が5点ほどにとどまっているのに対し、NHKは信頼度をじわじわと低下させている。
加えて、世代ごとの違いも注目に値しよう。
NHKをつけっぱなしにしている高齢者世帯
近年、50代以下では、新聞とNHKの信頼度は、年によって上下しているのに比べて、60代と70代以上は不動である。
「みなさまの」を掲げながらも、その実態は、60代以上に支えられている。
この7月からレギュラー化した「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」のMCで講談師の神田伯山が、ラジオ番組で明らかにしたところでは、同番組は「離脱率は低い」とスタッフが誇っているという(*2)。
「離脱率」とは、番組の視聴者が、他のチャンネル等に替えなかったか、を示す数値であり、他の数字を明らかにしていない点を、神田伯山は訝しんでいた。
平日(水曜日)の午後11時という同番組の放送時間帯は、民放各局がニュース番組や若者向けのバラエティやドラマを並べている。「離脱率が低い」裏には、下手をすると終日ずっとNHKをつけっぱなしにしている高齢者世帯が惰性で見ている恐れがあろう。
では、高齢者は、本当にNHKを信頼し、つけたままにしているのだろうか。
世論調査で明らかになった「NHK離れ」の実態
NHK放送文化研究所が2021年秋に行った世論調査の結果に驚いたNHK関係者は多かったに違いない(*3)。
「娯楽として利用するものやサービス」で、NHKは、若者はもちろん高齢世帯でも1位を取れなかったからである。
30代以下では、30%にも達しなかった。
YouTubeや民放テレビに大きく水をあけられただけではない。読書離れが喧伝されて久しいにもかかわらず、16歳から29歳では44%、30代では47%が選んだ「本・雑誌・マンガ」にすら、まったく及ばない。
頼みの綱に見える高齢者ではどうか。
70歳以上でこそ77%と、民放テレビ(83%)に近いものの、60代では66%で民放テレビ(84%)に大差をつけられている。
娯楽について、特にテレビでは民放のほうが注力している、そんな言い訳がNHK関係者からは聞こえる気がする。
ニュースならNHK、地震をはじめとする災害時にはまずNHK、といった習慣は、まだ共有されている、という強がりが聞こえてくる。
しかし、それももはや高齢者だけの話である。
ニュースですらNHKは求められていない
同じ調査では、「ニュースを見聞きするために利用するものやサービス」についても複数回答で聞いている。
NHKがトップだったのは70歳以上の84%だけで、60代と50代は、それぞれ84%と66%で民放テレビの88%、80%の後塵を拝している。
40代では民放テレビ(78%)だけではなく、Yahoo!(64%)にも抜かれて3位(60%)に落ち、20代ではさらにLINE(50%)にも追い越され4位(47%)である。
16歳から29歳にいたっては、民放テレビやYahoo!、LINEばかりか、YouTube(40%)やTwitter(調査当時の名称、39%)よりも低い38%にまで落ちる。
NHKが最も支持を集めた70歳以上ですら、民放テレビが81%と、わずか3%の差しかない。
信頼度では民放テレビを上回っているとはいえ、ニュースを仕入れるための情報源としてのNHKは、もはやほぼすべての世代で1番ではない。
娯楽でもニュースでもNHKは求められていないとすれば、どこに存在意義があるのだろう。
NHKにないものはギャンブルかアダルトぐらい
先にあげた神田伯山の番組に限らず、昨今のNHKには、あらゆるコンテンツが揃っている。
朝ドラ(朝の連続テレビ小説)や、60周年を迎えた大河ドラマ、紅白歌合戦といった長い伝統のある長寿番組に加えて、ここ10年ほどは、朝の生活情報番組「あさイチ」や、「チコちゃんに叱られる!」といった民放と伍すものも少なくない。
Eテレには教育番組が揃い、衛星放送(BS)には映画や海外ニュース、ラジオにはクラシックや語学番組、その上、海外向け放送(NHKワールド JAPAN)と、有料放送と比較してみても、NHKにないものは、ギャンブルかアダルトぐらいだろう。
それほどまでに八方美人、全方位外交の番組編成に腐心している。
「みなさまに支えられて」と、ウェブサイトに掲げる以上、なるほど、日本はもちろん、海外にまで目を向けなければいけない。
結果としてどっちつかずであり、誰を向いているのか、NHKで把握しているのは、トップから末端にいたるまで、どこにもいないのではないか。
他のサービスと比べて高すぎる受信料
悪く言えば、節操のない番組ラインナップの割に、というべきか、それゆえに、というべきか、受信料への割高感は、以前よりもはるかに強くなっている。
とりわけコロナ禍以降、お金を払ってコンテンツを見る、動画配信のサブスクサービスが爆発的に拡大したため、NHKの受信料が高すぎる、と多くの人が感じている。
実際、単純に価格(税込み月額)だけで比べれば、もっとも安いAmazonプライム・ビデオは500円(8月17日時点)、Netflixの最安プランが790円である。
これに比べてNHKは、地上波とBSの両方を見られる衛星契約は2170円、地上波だけでも1225円である。
先に見たように、娯楽もニュースもNHKに求めなくなっているとすれば、同局風の表現を使えば、「これだけのお金を支払う価値を疑う人が出そうです」。
受信料の引き下げは、どれほど効果があるのか
「高すぎる」との声を受けて、NHKは、今年10月から受信料を1割引き下げ、地上波契約は1100円、衛星契約は1950円に、それぞれ値下げする(*4)。
娯楽やニュースをNHKから得る人を増やすために、こうした受信料の引き下げは、どれほど効き目があるのだろうか。
いまのNHKは、信頼度(だけ)は高いものの、娯楽もニュースも必要とされていない。いわば、小学校のクラスに必ずいる学級委員のような堅物でしかない。
頼りになる、と思われているものの、実際に何かを求められているわけではなくなりつつある。
まったく見向きもされなくなる前に、例えばニュース特化に舵を切り、24時間365日いつでも速報に対応できる体制の構築などを改めて検討してしかるべきだろう。
娯楽番組についても、いまのように、民放テレビと差別化が図れないのであれば、思い切ったリストラが求められる。
近年では、池上彰氏や岩田明子氏のような記者や、有働由美子氏や武田真一氏のようなアナウンサーを民放テレビに供給する人材育成機関のような趣すら感じられる。
優秀な人を集める場所、という点は、だれもが認めている。
優れた人たちを適材適所に配置し活用するための、身の丈にあった、常識的でリーズナブル(合理的かつ適正価格)な変革が急務である。
(*1)「第15回 メディアに関する全国世論調査(2022年)」公益財団法人 新聞通信調査会
(*2)「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」ニッポン放送、2023年7月31日11時30分~13時00分
(*3)「テレビと動画の利用状況の変化,その背景にある人々の意識とは 『全国メディア意識世論調査・2021』の結果から」NHK放送文化研究所世論調査部 内堀諒太、渡辺洋子
(*4)「NHK受信料1割値下げ 10月から地上波は月額1100円に」TBSテレビ、2023年6月21日19時59分
———- 鈴木 洋仁(すずき・ひろひと) 神戸学院大学現代社会学部 准教授 1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。 ———-