標高1800mから女性が声震わせ「どうしたらいいんですか」…山のプロ「一晩もたない」と出発・救助

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 栃木県那須町湯本の朝日岳(1896メートル)山頂付近で8日に起きた遭難事故では、強風と寒気の中、那須塩原署の山岳警備隊員や、山小屋の従業員らが果敢に飛び出し、動けなくなった男女2人の救出に貢献した。過酷な環境下で2人の命を救ったのは、ギリギリまで危険を見極めて救助に向かった「山のプロ」たちの使命感だった。(奥山大輝)

■風速25メートル

 同署によると、8日午前11時15分頃、朝日岳山頂を目指し、知人女性(当時27歳)と登山中の宇都宮市の会社員男性(同)から「女性が動けなくなった」と119番があった。2人は登山道にある山小屋「三斗小屋温泉大黒屋旅館」に宿泊した後、午前8時過ぎから登山を開始。標高約1800メートル付近の広場までは到達したが、天候悪化のため、女性がそこで身動きできなくなってしまった。

 当時、付近は風速25メートルの強風が吹き荒れ、山に慣れた人でも、何かにつかまらないと立っていられないほどだったという。同署の山岳警備隊や地元消防で編成した救助隊は、通報を受けて複数の登山ルートから救助に向かったが、遭難現場まで到達できないまま、午後5時半頃には一時撤退を余儀なくされた。

 救助活動に参加していた一人が、署員で山岳警備隊小隊長の桜庭一誠警部補(41)。救助隊が電話で一時撤退することを伝えた時、女性が声を震わせて「どうしたらいいんですか」と泣いていたと聞き、「このままでは一晩もたないかもしれない」との懸念が胸を去らなかった。「風が弱まったあと、もう一度山に行かせてほしい」。そう署の幹部たちに掛け合った。

 既に日は暮れ、二次災害の危険を指摘する声も出ていた。それでも、冬山に詳しく、夜間の救助経験もある桜庭警部補の「風が弱まれば行ける」という判断を信じた署幹部らは、「絶対に無理はしない。危険があれば即時撤退」という条件をつけ、風速が17メートル程度まで収まったタイミングで、再び救助に向かうことを許可した。

■50分で到着

 一方、同日午後7時過ぎには、宿泊先の大黒屋旅館の館主の高根沢春樹さん(41)にも、遭難した男性から厳しい状況を伝える電話がかかってきていた。高根沢さんは市内の自宅にいたが、男女が置かれた気象状況の厳しさを踏まえ、救助に向かうことを決意。旅館でアルバイトの中村太一さん(25)とともに、暖かい衣服や食料、お湯などを準備し、同9時40分に現場へ向かった。

 登山経験豊富な2人は暗い山道をものともせず、本来2時間ほどかかるコースを50分ほどで移動し、同10時半頃には男女のもとにたどり着いた。木の下で風を避け、男性と身を寄せ合って寒さをしのいでいた女性は「ようやく食べ物らしいものを食べられた」と涙ぐんだという。

 同11時頃には桜庭警部補ら3人も現場に到着。照明で足元を照らしても数歩先しか見えなかったが、日頃の訓練で登り慣れた登山路だったことから、比較的早く到着できたという。先に高根沢さんたちを旅館に帰すと、男女に毛布や寝袋で防寒対策を施して一晩過ごし、翌朝、県防災ヘリで救助されるのを見守った。

■館主らに感謝状

 後日、男性が署に感謝の手紙を持って訪れた。「命を助けていただき、感謝してもしきれない。救助隊の方が来てくれた時の安堵(あんど)感は一生忘れない」。そんな言葉に桜庭警部補は「警察として当然のことをしたまで。元気でいてくれてよかった」と顔をほころばせた。

 18日には同署から高根沢さんらに感謝状が贈られ、高根沢さんは「2人が助かってホッとした。喜んでもらえてよかった」、中村さんは「人のためになったのかな」と笑顔を見せた。

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