ジャニーズ事務所の創設者ジャニー喜多川氏(2019年に87歳で死去)による性加害問題で、元コンサルタントの松崎基泰さん(79)が都内で取材に応じ、小学生だった70年前に喜多川氏から車中や映画館などで4、50回にわたり繰り返し性暴行を受けたと証言した。性加害問題を巡り、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が24日から日本を訪問予定。松崎さんは「国連の提言を待つのでなく、政府は積極的に問題の調査に乗り出すべきだ」と訴える。
◆「車で送ってあげる」から始まった恐怖
松崎さんは大学を卒業後、大手IT企業に勤務。大学院に進学した後、渡米してビジネスコンサルタントなどして40年間米国に滞在し、親族の介護のため3年半前に日本に帰国した。
告白にちゅうちょもあったが、国民栄誉賞を受賞した作曲家服部良一さんの次男で同級生の服部吉次さん(78)が、日刊ゲンダイに告白の記事を載せたのを機に声を挙げようと決意した。
松崎さんは、体が弱く小学校への入学が1年遅れた。一つ年下の服部さんと同級生で、小1から高校まで親しくしていたが、喜多川氏からの性加害を互いに話せたのは、20年前の同窓会の時だったという。
松崎さんは、小学校入学後から新宿区若松町の服部家に服部さんの母親から「遊びにおいで」と言われ、都電で遊びに行くようになった。ある日、服部家と食事をしながら、テレビでプロレスのシャープ兄弟の中継を見ていた。その時、服部家以外の人が松崎さんをじっーっと見つめていた。それがジャニー氏との最初の出会いだった。
2年生から親の許可を得て服部家に泊まりにいくと、必ずそこにジャニー氏もいた。帰る時になると、ジャニー氏から「車で送ってあげるよ」と言われ、服部家から世田谷区の松崎さん宅まで車で30分ほどだが、毎回送ってくれた。ジャニー氏は住んでいた進駐軍宿舎「ワシントンハイツ」にいつも寄り、チョコレートやジーンズなどを買い、手土産をたくさん持たせて自宅に送った。
◆ズボンを脱がされ、手を入れられ、乗っかられ…
しかし、送り届ける時は必ず自宅近くの人気の少ない路上に車を寄せ、ズボンを脱がし、松崎さんへの性加害を繰り返したという。
それが日常茶飯事で他にも「有島一郎氏の喜劇を観に行こう」「映画を観に行こう」「演劇を観に行こう」と、ジャニー氏が企画していろいろな所に連れて行ってくれたが、出かける度に映画館や舞台の観劇中にジャニー氏の手が服の上から入って来て、されるがままになっていたという。
松崎さんは「多い時は週に数回、計4、50回は被害を受けた。毎回、とても怖かったが、抵抗すると何をされるか分からない恐怖があり、逆らえなかった」と言う。
1953年の冬、ジャニー氏が服部さんの軽井沢の別荘で「湖が凍っているからスケートをしよう」と企画し、何泊目かの夜、寝ている時に体の上にジャニー氏が乗っかってきた。寸での所で怖くで大声で泣き出したら近くのコテージに泊まっていたお姉さんが「何をしているの!」とジャニー氏を叱責(しっせき)し未遂に終わったことがあった。
怒るお姉さんにジャニー氏は「何もやっていない」と否認を続け、結局、その後も別荘や服部家に出入りしていた。
出会った時は、ジャニー氏が野球少年団を立ち上げる直前で、ジャニー氏は「米極東司令部 ジャニーズ野球少年団 ジャニーH喜多川」と書かれた名刺を作っていた。チームは、彼が気に入った7歳ほどの少年を集め、ワシントンハイツのグラウンドで練習させていた。ジャニーズ事務所からデビューしたあおい輝彦さんもその後、参加した。
◆もしも当時から、性暴行が問題視されていれば…
高校生の時、親友数人に被害を打ち明けると「お前もホモ(セクシュアル)か」とからかわれ終わった。26歳の頃、親友に「ジャニーを訴えたらどうだ」と言われたが「自分は芸能人でもないし」と諦めた。40歳の頃、ジャニー氏が裁判沙汰になっていると米国で耳にしたが、仕事が忙しく声を上げる気にはならなかった。
松崎さんは「父は米軍の顧問弁護士だったが相談できなかった。いま思えば両親や兄弟に打ち明ければ良かった。もし当時、被害を打ち明け、性暴行が問題視されていれば、ジャニー氏の暴挙はここまで拡大しなかったのかもしれない」と悔やんだ。
松崎さんは「ジャニー氏の子どもへの性加害は、日系2世の差別を受けたからなのか、持って産まれたものなのか。野球チームだけでなく、ジャニーズ事務所の7、8割は被害を受けているのではないか。こういうことを日本の政府や芸能・音楽・メディア業界が容認しているようでは、世界に通用しない。7月末から国連の人権作業部会が乗り込んでくるのは当然のことだ」と批判する。
「ジャニー氏の振る舞いや暴行は、他のタレントの言動にも影響を与えているはずだ。政府は、過去を検証し、性暴行がはびこってきた環境を見逃してはいけない。米国に40年いて日本に戻ってきたがパワハラやセクハラが横行しているのに驚く。日本人は人間としてどう生きるべきか、人との交流の在り方つながりを一からリセットしないといけない」と話した。 (望月衣塑子)
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