その怒声は部屋の外にまで響き渡り、忙しなく動き回っていたスタッフが思わず足を止めて振り返るほどだったという。直後、声の主は、歌舞伎公演の期間中でありながら、荷物をまとめて部屋を飛び出していった──。
【写真5枚】「息子に土下座しろ!」菊之助の長男・丑之助(9才)
アジア初の没入型エンターテインメント施設と称した「IHIステージアラウンド東京」(江東区)で、3月4日から4月12日まで『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』(以下、『FFX』)が上演された。
ステージアラウンドというネーミングの通り、巨大なお盆に乗った観客席が360度回転し、周囲をステージとスクリーンが取り囲む同劇場は、従来では表現し得なかった壮大な舞台空間だ。だが、来年解体されることが決まっており、ラスト公演に選ばれたのが『FFX』だった。
2001年に発売され世界的ヒットを記録した人気ゲームの歌舞伎化を熱望したのは、同公演の企画・演出を担い、主人公・ティーダ役で出演した歌舞伎役者・尾上菊之助(45才)だった。
「コロナ禍のステイホーム期間中、自身も数十時間プレーしたというほどの同ゲームのファンです。ゲームと伝統芸能の文化を新しくつなぐ懸け橋にしたい、という強い思いで制作を熱望したそうです」(舞台関係者)
ゲームと歌舞伎の融合は世界初の試みで、物語は8幕構成。公演時間は途中の休憩を挟んで、前後編合わせて約7時間という超大作だった。出演者もそうそうたる顔ぶれで、菊之助を筆頭に、中村獅童(50才)、尾上松也(38才)、坂東彌十郎(66才)らが名を連ねた。
「ファンタジーの世界観に、歌舞伎との相性を心配する声もありましたが、ゲームファンからも歌舞伎ファンからも好評のうちに千穐楽を迎えました。閉幕した4月12日からは、動画配信サイトでの有料配信も行われています」(前出・舞台関係者)
菊之助は、これまでにもアグレッシブな企画で新しい歌舞伎の世界を作り出してきた。
「2019年には、ジブリの名作映画『風の谷のナウシカ』を歌舞伎化。伝統芸能である歌舞伎の演目では、主人公・ナウシカのように“自立した女性像”が描かれることが少ない中で、ナウシカの内に秘めた強さを描き評価されました。新規客層を獲得できる菊之助の仕事ぶりは、歌舞伎界からも一目置かれています」(歌舞伎関係者)
『FFX』は、菊之助の新たな挑戦の1つだった。しかしその舞台で、冒頭のようなトラブルが発生していた。
「忠義を尽くしてきました」
公演期間の終盤に差しかかった、4月上旬のことだった。
「楽屋で菊之助さんが、一門の尾上音三郎さん(50才)にお叱りの言葉をかけたんです。すると音三郎さんも返す刀で激怒し、“もう一緒にはやっていられない!”とそのまま荷物をまとめて出て行ってしまった。そのとき楽屋内にいたのは5人ほどだったそうですが、大声は部屋の外にまで響き渡り、しかも翌日公演からはキャストが変更されたので、音三郎さんの“大立廻り”はたちまち舞台関係者に広く知られるところになりました」(別の舞台関係者)
音三郎は主に女形の役者で、いまから25年以上前に菊之助の父・尾上菊五郎(80才)と菊之助の親子に弟子入りしたベテランだ。菊之助より音三郎の方が年齢は上だが、「師匠と弟子」の関係に当たる。
「師匠が弟子を叱るというのは、なんら不思議なことではありません。ただ、年齢との逆転現象もあり、音三郎さんはこれまで菊之助さんに対して思うところがあったのかもしれませんし、周囲も心配していたんです。ついに堪忍袋の緒が切れてしまったようです」(劇場関係者)
以前より周囲が危ぶんでいたのは、菊之助の長男・丑之助(9才)を挟んだ、菊之助と音三郎の関係だった。
「将来、歌舞伎の名門・音羽屋を背負うことになる丑之助ですが、小学生ですから、芸も作法も礼儀もまだまだこれからなのは当たり前です。共演する音三郎さんとしては、お客さんの前に立つわけですから、しっかり支えてやろう、立派な役者に育ててあげようという思いで、稽古や本番などで丑之助にさまざまに助言したり、指導することがありました。
それが菊之助さんの目には、ちょっと厳しいように映ったようなんです。周囲にすれば、当然のような注意でしたが、わが子かわいさに、菊之助さんがそこに割って入って、逆に音三郎さんを怒鳴りつける、ということがありました」(前出・劇場関係者)
そうした衝突が少なからず続いたという。
「丑之助くんのおしろいの塗り方と着物の着方を音三郎さんが強めに注意したことがあったそうです。ただ、丑之助くんは過剰に捉えてしまった。それを伝え聞いた菊之助さんが音三郎さんをわざわざ自宅に呼び出して丑之助くんの前で散々に罵倒したうえ、“息子に土下座しろ!”と謝罪を迫ったことがあったそうです」(芸能関係者)
そうした背景もあったのか、公演中の楽屋で、堰を切ったように音三郎の感情が爆発し、その場で菊之助に三下り半をつきつけ、「引退」へ──翌日以降の『FFX』には代役が立てられた。
2人を知る歌舞伎関係者は「音三郎さんが不憫でならない」と、こう語る。
「若い頃は温厚で控えめな印象だった菊之助さんが変わったのは、父・菊五郎さんが体調を崩しがちになった6、7年前からでしょうか。自分が一門の中心として采配を振るい、テレビなどでも注目され始めてから、高圧的な物言いが増えるようになりました。特に最近は、“そんなささいなことで”と周囲が思うようなことでも、出演者やスタッフを怒鳴り散らす光景がよく見られました。
一門を支えてきた音三郎さんは、自分のプライドというよりも、一門のリーダーとしての菊之助さんの人間性に疑問を持ち、いてもたってもいられなかったのでしょう」
菊之助の一門は、由緒正しき「音羽屋」の屋号を誇る。当然、名門の看板を守っていかなければならないプレッシャーがあったのだろう。加えて、菊之助が2013年に結婚した妻・瓔子さん(40才)の父は、2021年に77才でこの世を去った中村吉右衛門さんだ。
「菊五郎さんも吉右衛門さんも、重要無形文化財の保持者、『人間国宝』です。つまり、丑之助くんは、父方・母方どちらの祖父も人間国宝ということになります。2019年に襲名して初舞台を踏んだ丑之助くんは、偉大な両祖父と共演しています。
丑之助くんには、音羽屋としてはもちろん、吉右衛門さんの屋号である播磨屋としての期待もかかっている。その分、半端な役者にしてはいけないという菊之助さんの重圧は大きく、丑之助くんのことになるとナーバスになるのでしょう」(別の歌舞伎関係者)
焦りの理由は、菊之助の実姉・寺島しのぶ(50才)も関係しているようだ。寺島の長男・眞秀(10才)は、「初代・尾上眞秀」として、この5月の『團菊祭五月大歌舞伎』で初舞台を踏む。寺島の知名度と、梨園には珍しく、フランス人の父を持つこともあって宣伝効果は抜群だ。
「初舞台の記者発表は、在日フランス大使公邸で行われるなど異例づくし。立役は菊五郎さんが、女形の指導は坂東玉三郎さん(73才)という2人の人間国宝が直々に英才教育を施しています」(前出・歌舞伎関係者)
菊之助の菊五郎襲名は既定路線だが、その“先”には靄が立ちこめている。
「菊五郎さんは、“実力がある役者が菊五郎を襲名していってくれればいい”と公言しています。眞秀くんへの期待値の高さもあり、丑之助くんの将来を取り巻く状況に、菊之助さんは焦りを感じているのでしょう。それが、丑之助くんをめぐる周囲への当たりに、厳しさを持たせてしまっているのかもしれません」(前出・別の歌舞伎関係者)
音三郎に話を聞くと「音羽屋の弟子として忠義を尽くしてきましたし、それはこれからも変わりませんから、何も話すことはありません」と言葉少なだった。歌舞伎興行を行う松竹は「俳優間の関係やでき事については、弊社は関与する立場、および知り得る立場にはございません」と回答。菊之助の個人事務所へ問い合わせたが、回答を得られなかった。
梨園は独特な世界だ。師匠と弟子の関係も、わが子を思う気持ちも、一般的な感覚とは異なるのかもしれない。それでも、長く歌舞伎役者として歩んできた音三郎が「怒りの引退」にまで至ったのだから、穏やかとは言い難い。それは歌舞伎ファンが望んでいることなのだろうか。
※女性セブン2023年5月11・18日号